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横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)1159号 判決

原告

森本哲夫

ほか一名

被告

神奈川県

ほか一名

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告両名に対し、それぞれ金六五七万二二〇三円及びこれに対する昭和四八年九月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  主文一、二項同旨

2  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和四八年九月一三日午前八時四〇分ころ、藤沢市鵠沼海岸六丁目三番一三号先道路横断歩道上(通称藤原交差点の付近)に於いて、被告御厨紘輝運転の自動二輪車(藤沢に四七二号、以下加害車という。)が、同所を横断中の訴外森本はつ(当時七五年)に衝突して、右肋骨骨折、内臓破裂等の傷害を負わせ、よつて同日午後五時一分死亡させた。

2  被告らの責任

(一) 被告御厨は、前記道路上を時速六五キロメートル以上で進行していたが、運転者としては常に前方を注視して進路の安全を確認すべき義務があるのにこれを怠つて、前記横断歩道上を横断中のはつの発見が遅れただけでなく、前方の信号が赤であるにもかかわらず、減速徐行することもなく漫然と前記スピード(前記道路の制限速度は事故当時時速五〇キロメートル。)のまま進行した過失により、同人に衝突して本件事故を惹起したものである。

(二) 加害車は被告県(神奈川県警察)の所有であり、被告県は、加害車を自己のため運行の用に供していたものである。

3  損害

(一) 森本はつの逸失利益

はつは、本件事故により死亡しなければ、なお四年間は就労できたところ、同人は藤沢市の行う失業対策事業に従事して年収金三二万一六〇〇円(日収金一三四〇円、月平均二〇日稼働した一二か月分)を得ていたから、これにホフマン係数三・五六四を乗じた金一一四万六一八二円の損害を受けた。

(二) 葬儀費用

昭和四八年九月一六日、はつの葬儀を行いその費用として金二三万六七二一円を要した。

(三) 救護に対する謝礼

本件事故直後、被告御厨は救急車を呼ばなかつたので、たまたま自動車で現場付近を通りかかつた訴外川崎がはつを病院まで運んだ。そこで原告らは右川崎の行為に対し、謝礼として金二万円を支払うことを約した。

(四) 森本はつの慰藉料

はつは、本件事故により前記の重傷を負い、事故後約八時間二〇分で死亡したのであるから、その間の精神的苦痛は大きく、これに対する慰藉料は金六〇〇万円が相当である。

(五) 原告各自の慰藉料

原告両名は、はつの子であつて、はつの死により精神的苦痛を受けた。その慰藉料としては、各自金二〇〇万円が相当である。

(六) 弁護士費用

原告らは、本訴訟を弁護士増本一彦他三名に委任し、弁護士費用として請求額の一四パーセントである金一七四万一五〇三円の支払を約した。

(七) 原告らは、はつの子として、はつの権利である右(一)、(四)の損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続し、(二)、(三)、(六)の費用については各二分の一ずつ負担する旨を約した。

4  よつて原告らは各自、被告御厨に対しては民法七〇九条、被告県に対しては自賠法三条により連帯して金六五七万二二〇三円及びこれに対する事故の翌日である昭和四八年九月一四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、(一)の事実は否認し、(二)の事実は認める。

3  同3の事実のうち、原告両名がはつの死亡により、その子としてそれぞれその他位を二分の一あて相続したこと、はつの葬儀をしたことは認めるが、その余の事実は争う。

4  同4の主張は争う。

三  抗弁

1  仮りに被告御厨に過失があつたとしても、被告御厨は被告県の公権力を行使する職員であるところ、本件事故はその職務の執行中に生じたものであるから、国家賠償法により直接被害者に対して責任を負うものではない。

2  被告県について、自賠法三条但書による免責

(一) 加害車の運転者である被告御厨は、自己の進行方向の信号が青であることを確認し、左前方約二八・七メートルの歩道上にはつの存在を認めたが、同人は信号を無視して横断歩道上に出ることはないと判断して、自己の進行方向の信号が青であることを再度確認したうえ、制限時速五〇キロメートルで進行していたのを同四五キロメートルに減速するなど相当な注意を払つて運行していたものであるところ、はつが前方約一一・三メートルの地点で突然横断歩道に飛出したのを発見し、急ブレーキをかけると同時にハンドルを右に切つたが及ばず、同人に衝突したものであつて、被告御厨に過失はない。

(二) 本件事故は、はつが加害車に気付いていたうえ、自己の横断する方向の信号が赤であるにもかかわらず車道上に飛び出した過失によつて生じたものである。

(三) 加害車には構造上の欠陥又は機能に障害がなかつた。

3  損害の填補

原告らは、本件損害につき、自賠保険から金二七八万円の支払を受けた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、被告御厨が被告県の公権力を行使する職員で、本件事故はその職務執行中に生じたことは認めるが、その余は争う。

2  抗弁2のうち、(一)、(二)の事実は否認し、(三)の事実は不知。被害者はつが横断を始めたときは信号機は青であつて、衝突地点は道路中央付近であるところ、事故直後の現場保存を怠り、加害車、被害車の位置を路面に記すこともなくこれを移動し、更に血痕まで洗い流した後で実況見分をしたものであり、捜査の公正を疑わせる。

3  抗弁3の事実は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  事故の能様

1  成立に争いのない乙第一ないし第一七号証、証人川崎春雄、同森本玲子、同山口勝弘、同神谷輝雄、同重山公一、同伊藤久男の各証言、原告森本哲夫、被告御厨紘輝各本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

(一)  本件事故地点の交差点は、別紙略図のとおりであつて、路面はアスフアルト舗装され、速度制限五〇キロメートル、駐車禁止の交通規制があり、車両用信号機がA、B、C、D点に、歩行者用の信号機がE、F点に設置されていること、車両用信号機は、A、Cが青四〇秒、黄五秒、赤三五秒、B、Dが赤四〇秒、黄五秒、青三五秒に調整され、歩行者用のE、Fの信号機はB、Dの信号機と連動しているところ、本件事故当時信号機はいずれも正常に作動していたこと、松浪町方面から本件交差点に入るときは、前方の見とおしはよいが、左(辻堂方向)右(本鵠沼方面)の見とおしが悪い(左一〇メートル、右三〇メートル)こと、路面は事故当時乾燥していたこと。

(二)  被告御厨は、夜勤を終えて本署に向うため、加害車に乗つて時速五〇キロメートルの速度で松浪町方向から本件交差点に向けて、車道の左側端から約一・五メートルの位置を進行していたところ、本件交差点の停止線から約五五メートル手前の位置でA信号機を見たところ青であつたので、そのままの速度で進行して停止線の手前にさしかかつたときに、A信号機の近くの歩道上に顔を車道の方に出してキヨロキヨロ見ていたはつを発見し、その挙動から横断歩道に出るのではないかと感じたけれども、A信号機を確かめたら青であつたので横断歩道に出ることはないものと考え、警音機を鳴らすことも、減速することもなく、そのまま交差点に進入したところ、前方約一一メートルの横断歩道上にいきなりかけ出したはつを発見して危険を感じ、ハンドルを右に切り、急ブレーキをかけたが及ばず、歩道の側端の地点から約三メートル横断歩道に出た位置で、加害車の前輪左側と泥よけの部分をはつに衝突させ、そのまま右前方に押出す様にして右側に転倒し、道路の中央線を超えて右斜めに滑走し、加害車は衝突地点から約一二・六メートル右前方の位置に被告御厨がまたがつたままで転倒して停止し、はつはその約三メートル手前の位置に転倒していたこと。

(三)  なお、被害者はつは、明治三〇年生れであるが、本件事故時極めて健康で、高齢者失業対策事業に従事し、普段眼鏡なしで仕事をする程で、足も原告哲夫の妻玲子より達者な位であつたこと。

2  ところで原告らは、被害者はつは青信号で横断を始めたものであつて、衝突地点は中央線に近いところであり、被告らはこれをかくすため実況見分前に加害車等を移動し、血痕を洗い流したと主張する。

しかし、

(一)  信号の点については、証人山口勝弘の「本鵠沼方向から歩道を歩いて辻堂方向に横断しようとして、E信号機の手前四ないし五メートルの地点にさしかかつた時にFの歩行者用信号機が赤となり、角(E信号機付近)に来た頃D信号機が赤になつたので、信号待ちのため立つていた時に本件事故が生じた。」との証言は、事故直後B信号機を見た板橋由蔵(乙第一〇号証)、A信号機を見た工藤登(乙第一一、第一五号証)の供述とも符合するものであつて、A、Cの車両用信号機の青の表示時間が四〇秒であることをも合せ考えると、右山口証人の証言は信用することができ、本件全証拠を検討しても原告らの主張にそう証拠はない。

(二)  又原告らの衝突地点は道路の中央線の近くであつたとの主張も、加害車の転倒によつて路面(アスフアルト)についた擦過痕は動かし難いものであり、他の目撃者の証言も大筋において前認定の地点に符合するものであつて、前認定の衝突地点を疑わしめる証拠はない。

(三)  更に原告ら主張の現場保存の点については、前掲証拠によると、本件事故直後、加害車の停止位置、被害者の転倒位置を路上に記さないまま加害車、被害者を移動し、路上に散乱した加害車の部品を片付け、血痕の位置も路上に記すことなく洗い流され、その後に本件事故地点の実況見分が行われた事実が認められ、事故直後現場に被告御厨と訴外重山の二名の警察官がいたのにその現場保存が十分でなかつた点は、被告県(警察)の捜査に手落ちがあつたものというほかはない。

しかし、血痕を洗い流したのは近隣のものであり、被告県の職員がこれに関与したことを認めるに足りる資料はないし、被害者を移動したのは救護のためであり、加害車を移動したりその部品を片付けたのは交通の危険をさけるためであり、他の意図をもつてなしたものと認めるに足りる証拠はなく、又これによつて本件事故に対する事実認定が誤られたと認める資料もない。

3  前記1の認定事実によると、本件事故は被害者はつが青信号でなかつたのに横断歩道に飛出した過失によつて生じたものであるが、被告御厨にも、見とおしの悪い交差点に進入するのに時速五〇キロメートルという制限速度いつぱいの速度のまま減速することなく進行し、しかも老齢のはつの挙動から同人が横断歩道に出ることも予想されたのに警音機を吹鳴することもなく、減速もしないで進行した点に過失があつたものというべく、その過失割合は、はつが五、被告御厨が五とみるのが相当である。

三  責任原因

1  被告御厨には、前認定のとおり過失があつたけれども、同人は被告県の公権力を行使する職員(警察官)であり、本件事故はその職務執行中に生じたものであることは当事者間に争いがないので、国家賠償法第一条の趣旨に照らし、本件事故による損害については、被告県が賠償の責に任ずるものであり、被告御厨に対し直接請求することは許されない。

従つて原告らの被告御厨に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

2  被告県は、本件加害車の運行供用者であることは当事者間に争いがなく、被告県は抗弁として自賠法三条但書の主張をするけれども、前認定のとおり、被告御厨に過失があつたものであるから、その余の点について判断するまでもなく被告県の右抗弁は理由がない。

四  損害

1  逸失利益 金四一万八五九〇円

証人森本玲子の証言と原告森本哲夫本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、はつは明治三〇年生れであるが極めて元気で、藤沢市の高齢者就労事業に従事して、月平均二〇日程労働していたこと、はつは死亡しなければ、あと二年間は就労可能であり、その間年金三二万一六〇〇円(なお、昭和四八年度の賃金センサスによれば、女子六五歳以上の平均年収は金四八万九〇〇〇円である。)の収入を挙げていたこと等の事実が認められ、その収入から生活費として三〇パーセントを控除するのが相当であり、これにライプニツツ係数一・八五九四一を乗じた現価は金四一万八五九〇円となる。

2  葬儀費用 金二三万六七二一円

原告哲夫本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、はつの葬儀を行い、金二三万六七二一円を要したことが認められる。

3  救助費用

救助に対する謝礼として川崎春雄に金二万円の支払を約したと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

4  被害者本人の傷害に基づく慰藉料 金五〇万円

はつが蒙つた傷害の程度等諸般の事情を総合するとその傷害に基づくはつの慰藉料は金五〇万円と認めるのが相当である。

5  原告らの慰藉料 各金二〇〇万円

原告らが、各自はつの子であることについては当事者間に争いがなく、これによればはつの死亡による各自の精神的苦痛に対する慰藉料として、それぞれ金二〇〇万円が相当である。

6  原告らは、はつの死亡によつて子として各二分の一あて相続したこと当事者間に争いがないので、原告らの損害賠償債権は各金二五七万七六五六円となる。

五  過失相殺

前認定のとおり、被害者はつにも過失があつたので、その賠償額を定めるにつき斟酌するのが相当であり、五割の過失相殺をすると、原告らの損害賠償債権は各金一二八万八八二八円となる。

六  填補

原告らが自賠責保険から金二七八万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、原告らの損害賠償債権はこれによつて全部消滅した。

従つて、弁護士費用は本件事故と相当因果関係を有しない。

七  結論

以上のとおり、原告らの請求はいずれも理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原敏彦)

別紙 略図

〈省略〉

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